セラミックはガラスを超える?ブランド品コーティングを化学で考える
「セラミックはガラスより上」「ガラスとはまったく違う、次世代のコーティング」。大切なバッグや財布の施工先を探していると、そんな説明を見かけることがあります。
ブランド品のコーティングを扱うMIROIRがお伝えしたいのは、名前だけで性能の上下関係は決まらないということです。選ぶ基準は、響きの新しさではなく、被膜の化学と、お品物との相性にあります。
ガラスとセラミックは、コーティング業界では同義的に使われる
身の回りの製品に塗布するケイ素系コーティングでは、「ガラス」と「セラミック」が、共通する材料系や被膜を指す呼称として使われることがあります。この範囲では、両者は同義的な呼び方です。「セラミック」という名前が付いた時点で、ガラス系とは別物の上位材料になるわけではありません。
今回参照した車磨き研究所の解説記事も、名称によって性能の優位性を印象づける宣伝に注意を促しています。
ただし、すべての製品の成分・性能が同一という意味ではありません。材料科学では、ガラスの非晶質構造と、結晶質のセラミックスなどを区別します。セラミックスという言葉もSiO₂だけを意味しません。学術的な分類と、商品名としての呼称を分けて考える必要があります。[米国セラミックス学会:材料構造の解説]
実際、コーティングメーカーのGtechniqは、セラミックコーティングをシラン・シロキサン系材料の混合物として説明しています。呼称が違っても、化学的な土台が重なる例です。[Gtechniq公式解説]
被膜を理解する鍵は「Si–O–Si」
ケイ素系コーティングを理解するとき、まず知っておきたいのがシロキサン結合(Si–O–Si)です。Siはケイ素、Oは酸素。この結合がつながることで、被膜の骨格がつくられます。
二酸化ケイ素(シリカ)はSiO₂と表しますが、市販の塗布剤がすべて純粋なSiO₂だけでできているわけではありません。硬化前の反応性成分、溶媒、触媒、有機成分などを組み合わせ、塗りやすさや密着性、硬化後の性質を設計します。原液の組成と、乾燥・反応後の被膜の組成も区別が必要です。
加水分解と縮合――液体から被膜になる仕組み
アルコキシシラン系を例にすると、水との反応でシラノール基(Si–OH)が生じ、続いて縮合反応によってSi–O–Si結合が形成されます。官能基の反応を簡略化すると、次のように表せます。
加水分解: ≡Si–OR + H₂O → ≡Si–OH + ROH 縮合: ≡Si–OH + HO–Si≡ → ≡Si–O–Si≡ + H₂O
Rは有機基、ROHはアルコールを表します。「≡」はケイ素につながる残りの結合を省略した記号です。これは反応の模式式で、MIROIRの使用剤の処方や、すべてのコーティング剤の反応を示すものではありません。[信越化学工業:シラノールと縮合反応]
ここから分かるのは、ただ溶媒が乾くことと、被膜をつくる反応が進むことは同じではないという点です。施工直後に触れられる状態でも、必要な養生が終わっているとは限りません。温度・湿度・時間は、使用する製品の指定に合わせて管理する必要があります。
ポリシラザンも、名前だけでは性能を決められない
ポリシラザンは、Si–N結合を骨格に持つ高分子です。無機系と有機系があり、硬化によってガラス状の層や、有機基を含む被膜を形成するものがあります。原料メーカーMerckの資料でも、無機系のガラス状被膜と、有機系のSi–N–Si/Si–O–Si構造を持つ被膜が説明されています。[Merck:Durazane技術資料(PDF)]
「ポリシラザンだから必ず優秀」「シランだから性能が低い」といった一括りの評価もできません。樹脂の構造に加え、溶媒、配合、硬化条件、施工する素材を合わせて見ることが大切です。
ブランド品では、硬さと同じくらい「追従性」が大切
バッグは持ち上げればたわみ、財布は開閉のたびに曲がります。靴には、歩行のたびに屈曲が加わります。ブランド品の保護を考えるときは、この動きに被膜がどこまで追従できるかを無視できません。
分子同士をつなぐ架橋を増やすと、一般に硬さや変形しにくさが増す一方、伸びや柔軟性との両立が課題になります。実際の性質は有機基や樹脂構造、膜厚にも左右されます。Merckも架橋性の異なる複数のポリシラザンを用意しており、「同じ系統の原料なら同じ性質」ではありません。[Merck:架橋性の異なるグレードの技術資料(PDF)]
この材料設計の考え方を革製品に当てはめると、見るべきなのは硬度・密着性・柔軟性・膜厚のバランスです。硬い試験板での結果が、そのまま柔らかい革の耐久性を意味するわけではありません。
また、同じ「革製品」でも表面の仕上げや使用状態は違います。密着する相手が何か、色や艶、手触りへの影響はどうか。ブランド名や素材名だけで施工剤を決めず、現物の状態まで確認する理由はここにあります。
「高純度」「9H」「多層」だけでは分からないこと
SiO₂濃度:数字の分母を確認する
「SiO₂を高濃度配合」と説明されても、それが塗布液全体に対する量なのか、固形分中の割合なのか、硬化後の換算値なのかで意味は変わります。測定・計算の基準が異なる数字を、そのまま比較することはできません。
有機成分を組み合わせることにも、柔軟性や表面特性を調整する役割があります。「有機成分がある=粗悪」「純度が高い=革に最適」とは判断できないのです。
9H:硬さの試験と、実使用の傷は分けて考える
広告で見る「9H」は、鉛筆硬度を指す場合があります。鉱物のモース硬度9とは別の尺度です。まず試験方法を確認してください。鉛筆による被膜硬度試験のASTM D3363も、試験板や鉛筆などの違いによって結果が変わり得ることを示しています。[ASTM:被膜の鉛筆硬度試験]
硬度の表示だけでは、バッグの角スレ、爪の引っかき、衣類との摩擦、色移りまで防げるとは言えません。「何の素材に、どの条件で試験した結果か」が必要です。
多層施工:回数より、層の役割と密着を確認する
重ね塗りを評価するなら、層ごとの役割、層間の密着、硬化のタイミング、仕上がりの膜厚を確認したいところです。「何層」という数だけでは、曲がる革の上での耐久性や風合いは説明できません。多層だから必ず優れるとも、重ねても必ず無意味とも決めつけられません。
「ガラスを超える」という宣伝で確認してほしいこと
「セラミックはガラスとまったく異なるため、必ず高性能になる」。このように名称の違いだけを根拠にした説明には、気をつけてください。成分や比較試験による裏付けがなければ、化学的な説明にはならず、誇大な宣伝につながります。
個別の製品に性能差があることは否定しません。だからこそ、「何を、何と、どの条件で比べて優れているのか」を確認する必要があります。特定の名称や価格を、性能の証明の代わりにしないことが大切です。
- 材料:主な被膜形成成分は何か。名称以外に違いを説明できるか。
- 適性:その革・表面仕上げ・金具に使える根拠はあるか。
- 比較:比較対象、試験方法、施工条件が明確か。
- 仕上がり:色・艶・手触り・屈曲への影響を説明できるか。
- 限界:防げない傷や汚れ、施工後のお手入れまで案内されているか。
2月16日のInstagram動画でもお伝えしています
MIROIRでは、2026年2月16日のInstagram動画でも、ガラスとセラミックという呼称や、お客様の誤認につながる説明について発信しました。大切なお品物を預ける前に、名称だけで判断せず、施工の中身を知っていただきたいという思いは同じです。
▶ 2月16日投稿|ガラスとセラミックの呼称についての動画を見る
MIROIRが大切にするのは、その一品に合った保護
私たちが守りたいのは、ブランド品の表面だけではありません。選んだときに惹かれた革の表情、手に取ったときの感触、日常で使う心地よさも大切にしたいと考えています。
「ガラスか、セラミックか」という名称の比較から、どんな被膜を、どんな素材に、どう施工するかへ。コーティングは傷や汚れを完全に防ぐものではありませんが、適切な材料選びと施工、日々のお手入れを組み合わせて、大切なお品物との時間を支えるものです。
ブランドバッグ・財布・靴・時計などの施工については、MIROIR公式Instagramから、お品物の写真と気になる点を添えてご相談ください。
本記事は、公開されている原料メーカー・学会等の資料をもとに一般的な化学を解説したものです。掲載した原料がMIROIRの使用剤に含まれることや、MIROIRの施工性能を示すものではありません。車用製品の性能・施工条件を革製品にそのまま当てはめることはできません。